冷えと腹痛と漢方治療

 

  先の記事に引き続き、冷えと腹痛の記事をお届けします。

 

  腹痛を引き起こす原因は、非常に多い!

  特に緊急の対応を必要とする『急性腹症』などもあり、腹痛の治療で悩まされた経験のある臨床医は多いでしょう。

  現代医学的に緊急を要する腹痛は、もちろん現代医学的な処置が第一選択です。

 

  でも、現代医学的に原因がよく分からない腹痛もあります。

  『特に緊急を要しない』として、積極的な治療の対象とならない場合、症状で困っている患者さんに漢方でお力になれることがあります。

  そんな中のひとつが、『冷えに関連した腹痛』です。

 

  古代の医学事典的な書物『諸病源候論』に、そのものずばり冷えに関連した腹痛が記載されています(注1)。『疝』と呼ばれる病態ですが、分類がややこしいので、冷えに関連した腹痛を『寒疝』と呼ぶ、ぐらいの理解で次に進みます。

 

  近代漢方の巨匠・大塚敬節先生は、『疝気症候群A型』を提唱されています。(注2)

 ①手足の冷え

 ②慢性の腹痛、または腰痛や四肢や頭の痛み

 ③現代医学的に原因を把握しがたい

 ④性交渉に関連する症状の合併が多い

 ⑤腹部の病気や手術の既往歴

 ⑥当帰四逆加呉茱萸生姜湯がよく効く

 ⑦女性に多い

 

  ここで名前が出ている当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、脈の診察にコツがあります。また、冷えの程度に合わせて附子を調整すれば、更に効き目が良くなります。

  冷えで強くなる痛みに注目して当帰四逆加呉茱萸生姜湯を中心に処方したところ、弱オピオイドである強力な鎮痛薬が要らなくなり、私自身がケッコウびっくりしたこともありました。

 

  『寒疝』に関連した漢方薬として、『疝気症候群A型』では当帰四逆加呉茱萸生姜湯が挙げられていますが、他にもいろいろな漢方薬を用います。

  同じく大塚先生の著書『症候による漢方治療の実際』では、

 ①桂枝加附子湯

 ②当帰四逆加呉茱萸生姜湯

 ③当帰四逆湯        

 

  他にも腹部の冷えの関連処方として

 ④大建中湯

 ⑤附子粳米湯          などが挙げられています。

 

  どの様な条件で症状がひどくなり、どうすれば良くなるのか?

  症状の増悪・緩解に関係した要素は、症状を理解するときに大きな手助けとなります。

 

  『一見ささいなことが、病態を読み解き治療するカギになる』

  漢方治療の醍醐味のひとつです。

 

 

(注1)

諸病源候論(巻20)に は,「 もろ もろの疝は,陰 気 が腹 内に積んで,そ れに また寒気 が加 えられて起 り,栄 衛の調 和が乱れ て,血 気 の運行が わる くな る。 そこで寒冷の外邪が腹の内に入 って疝 となるので あ る。疝は痛みである。疝にな ると,下 腹 が痛んで, 大小便が快通 しな くな った り,手 足 がひど く冷 えて 臍の まわ りが痛み,ひ ど く痛む ときには,冷 汗が流 れ る。 また冷気 が下か ら上逆 して,胸 腹 に衝 き上 り, 胸が痛む。また腹がひ きつれて痛む こと もあ る。緊 脈 は疝の脈である。

 

(注2)

疝気症候群A型 は, 1) 手足 の寒冷を訴え,甚 しい ものは,肩 か ら足 にまで水が流れ るよ うだ と訴 える。 2)  慢性 に経過す る下 腹痛が あ り,そ れが腰痛, 四肢痛にまで及 び,時 には,背 痛,頭 痛を訴え るも の もあ る。 3)  疼痛 の本態を近代 医学 的な検索によ って明確 にwしがたい ことが多 く,神 経性の もの と診 断せ られ る傾向があ る。 4)  肝経の変 動によ って起 ると考 え られ る症状が 多 く,殊 に生殖 器,泌 尿器か らの障害が多 く,尿 が もれ る,ま たは夜間 の失禁,性 交不快 のため性交を 嫌悪 する,性 交によ って,症 状が増悪 する。性欲が ない。不妊の傾向がある。 そのため離婚 して独身生 活をお くり,ま たは結婚 を しない ものが多い。 2 2 ( 2 2 ) 5) 開腹手術殊に子宮筋腫や卵巣嚢腫の手術,妊 娠 中絶,帝 王切開,下 腹や腰部の外傷 などの既往症 の あるものが圧倒 的に多い。 6) 当帰四逆加呉茱萸生姜湯 の 服用,2,3週 間 で 著効があ らわれ る。 7) 婦人に多 く男性にはまれである。

 

【参考文献】

1:大 塚 敬 節.疝 気 症 候 群A型 の 提 唱 .

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kampomed1950/25/1/25_1_19/_pdf/-char/en

2:大塚敬節.症候による漢方治療の実際.南山堂.2000年