脂質異常症(高脂血症)
脂質異常症とは
人体には様々な脂質がありますが、これらはエネルギー源や人体に必要な様々な物質の材料として重要な役割を果たしています。しかし、ある種の脂質が多すぎた場合や少なすぎた場合に、人体に様々なマイナスの影響が生じることがあります。
例えば、LDLコレステロール(以下LDL-C)は動脈の壁に沈着し、マクロファージに取り込まれることで粥状動脈硬化を引き起こします。トリグリセライド(以下TG)は、エネルギー源となりますが、著明な高TG血症は急性膵炎の危険性があることが知られています。高TG血症や低HDLコレステロール(以下HDL-C)は、高LDL-C血症に準じて動脈硬化の危険因子です。
人体の脂質代謝の異常は、高いことで問題となる脂質だけでなく低いことで問題が生じる脂質もあることから、近年では脂質異常症と呼ばれます。
脂質代謝の異常は日常生活との関連が深く、高血圧/糖尿病などと並んで代表的な生活習慣病とされます。これらの疾患は、特に自覚症状がないことも多いのですが、放置するとある日突然に心筋梗塞や脳梗塞などが起こって生命や生活の質に大きく影響する危険性があり、「サイレントキラー」と呼ばれています。
日本動脈硬化学会は動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2018年版を発表しており、主にこれに基づいて脂質異常症に関して説明します。臨床の場では、高LDL-C血症/低HLD-C血症/高TG血症が問題とされることが多く、特にこれらについてまとめます。
脂質異常症の診断基準
脂質代謝異常の診断基準は、以下のようになります。(原則として空腹時)
LDLコレステロール | 140㎎/dL以上 | 高LDLコレステロール血症 |
---|---|---|
LDLコレステロール | 120-139㎎/dL | 境界域高LDLコレステロール血症 |
HDLコレステロール | 40㎎/dL未満 | 低HDLコレステロール血症 |
TG(トリグリセライド) | 150㎎/dL以上 | 高トリグリセライド血症 |
Non-HDLコレステロール | 170㎎/dL以上 | 高Non-HDLコレステロール血症 |
Non-HDLコレステロール | 150-169㎎/dL | 境界域高Non-HDLコレステロール |
脂質異常症の分類
脂質異常症には、原発性と続発性の分類があります。
①原発性高脂血症
家族性リポ蛋白リパーゼ欠損症 など
②続発性高脂血症
糖代謝異常/甲状腺機能低下症/腎障害/肝胆道系疾患などに続発します。
③原発性低脂血症
遺伝的にHDL-Cが低下する場合があります。
④続発性低脂血症
- LDL-Cの低下
- 症肝疾患/甲状腺機能亢進症/副腎不全/吸収不良/栄養不良/悪性腫瘍/骨髄増殖性疾患/慢性感染症/慢性炎症性疾患/薬剤 など
- HDL-Cの低下
- 喫煙/肥満/2型糖尿病/慢性腎不全/栄養不良/薬剤 など
脂質異常症を放置すると
日本の死因統計において、心筋梗塞/虚血性心疾患/脳血管障害などの動脈硬化性疾患による死亡者はがんに次ぐもので、全死亡者数の約26%を占めています。動脈硬化の予防には、服薬に加えて早期から脂質異常症/メタボリックシンドローム/喫煙/高血圧/糖尿病/慢性腎臓病/高尿酸血症などの疾患に対する包括的な管理が重要です。
LDL-Cは動脈の粥状硬化を進行させ、HDL-Cは粥状動脈硬化を抑制します。高TG血症は、LDL-Cの増加やHDL-Cの低下を伴うことが多く、動脈硬化を促進させる可能性が指摘されています。コレステロールを多く含む粥状動脈硬化は、構造的にもろく不安定で、破裂すると血栓ができて血管が詰まり心筋梗塞などを発生させます。脂質異常に関して、高LDL-C血症/高TG血症/低HDL-C血症は危険因子となります。
脂質異常症の治療
脂質異常症の治療に関して、薬物療法と非薬物療法(生活習慣の改善など)があります。
1)薬物療法
生活習慣の改善で脂質管理が不十分な場合には、リスクの分類に応じて薬物療法を考えます。若年者や閉経前の女性などでリスクが低い場合では、安易な薬物療法の開始は控えるべきです。家族性高コレステロール血症や冠動脈疾患がある場合には、基本的に薬物療法が必要となる場合が多くなります。
薬物療法では、スタチン系(HMG-CoA還元酵素阻害薬)/エゼチミブ(コレステロールトランスポーター阻害薬)/レジン(陰イオン交換樹脂)/ニコチン酸誘導体/プロブコール/PCSK9阻害薬/MTP阻害薬/フィブラート系/n-3系多価不飽和脂肪酸などをリスクに応じて使い分けます。
2)非薬物療法(生活習慣の改善など)
次項で詳しく述べます。
治療の目標値
治療における目標値は、その患者さんのリスクを分類し、リスクの段階に合わせて設定されます。5つの危険因子に基づく分類と、各々の分類に対するコントロールの目標値を説明します。
- 5つの危険因子
-
①喫煙、②高血圧、③低HDLコレステロール血症、④耐糖能異常、⑤早発性冠動脈疾患の家族歴(第1度近親者で男性<55歳、女性<65歳)
①~⑤の中でいくつ該当するかを数えて、下の表でリスクを判定します。
◎男性
年齢 | 危険因子の個数 | 分類 |
---|---|---|
40〜59 | 0個 | 低リスク |
1個 | 中リスク | |
2個以上 | 高リスク | |
60〜74 | 0個 | 中リスク |
1個 | 高リスク | |
2個以上 | 高リスク |
◎女性
年齢 | 危険因子の個数 | 分類 |
---|---|---|
40〜59 | 0個 | 低リスク |
1個 | 低リスク | |
2個以上 | 中リスク | |
60〜74 | 0個 | 中リスク |
1個 | 中リスク | |
2個以上 | 高リスク |
リスクの評価として、吹田スコアなども提唱されています。
◎一次予防
まず生活習慣の改善⇒薬物療法を考慮
管理区分 | 脂質管理目標値 | |||
---|---|---|---|---|
LDL-C | Non-HDL-C | TG | HDL-C | |
低リスク | <160 | <190 | <150 | ≧40 |
中リスク | <140 | <170 | <150 | ≧40 |
高リスク | <120 | <150 | <150 | ≧40 |
◎二次予防
生活習慣の是正とともに薬物療法を考慮
管理区分 | 脂質管理目標値 | |||
---|---|---|---|---|
LDL-C | Non-HDL-C | TG | HDL-C | |
冠動脈疾患の既往 | <100 | <130 | <150 | ≧40 |
漢方を用いた脂質異常症の治療
漢方による治療では、漢方的な診察に基づき患者さんの「証」(治療の対象となる病態)をみて、各々の方に合った治療を考えます。以下のような漢方薬を用いる場合があります。
- 防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
- 便秘症/肥満症/高血圧に伴う諸症状 等の場合
- 大柴胡湯(だいさいことう)
- 便秘症/高血圧症/精神的な症状 等の場合
- 大承気湯(だいじょうきとう)
- 便秘症/高血圧/精神的な症状 等の場合
- 防己黄耆湯(ぼういおうぎとう)
- 多汗症/肥満症/膝関節症 等の場合
- 六君子湯(りっくんしとう)
- 食欲不振/食後の眠気/消化不良/疲れやすい 等の場合
- 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
- 産科婦人科的な症状/便秘 等の場合
- 黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
- のぼせ/炎症や出血/不安や焦燥感/動悸 等の場合
生活習慣の改善について
喫煙/高血圧/糖尿病は、独立した危険因子として知られており、高脂血症の治療目標値にも大きく影響します。詳しくは前項をご覧ください。体重に関して、Body Mass Index(BMI)は、体重(㎏)を身長(m)の二乗で割った数字で、日本では25㎏/㎡以上が肥満とされています。体重の管理に関して、体脂肪を減らすことの有効性が示されており、BMIに加えて体組成計などで脂肪や筋肉の分量を測定しておくことも有効です。
生活の改善として、食材や飲み物など様々な要素が研究の対象となっています。現時点で分かっている効果をまとめました。
生活の改善 | LDL-C | HDL-C | TG | 耐糖能 |
---|---|---|---|---|
カロリー制限 糖質制限 |
低下 | 低下 | 改善 | |
飽和脂肪酸/コレステロール | を摂る上昇 | |||
体脂肪を減らす | 低下 | |||
トランス脂肪酸 | を摂る上昇 | 低下 | 悪化 | |
食物繊維/植物ステロールを摂る | 低下 | |||
脂質/糖質の制限 | 低下 | |||
n-3系多価不飽和脂肪酸 | を摂る低下 | |||
アルコール制限 | 低下 |
脂質代謝異常のタイプと食事
1)高LDL-C血症
- 避けるべき食品
- 飽和脂肪酸を多く含む食品(肉の脂身/内臓/皮/乳製品)
トランス脂肪酸を多く含む菓子類/加工食品 - 摂るべき食品
- 食物繊維/食物ステロールを多く含む食品
(未精製穀類/大豆製品/海藻/キノコ/野菜 など)
2)高TG血症
- 避けるべき食品
- 糖質の多いもの(菓子類/飲料/穀類/果物)
- ・アルコールを控える。
- ・n-3系多価不飽和脂肪酸を摂る(青魚など)
3)低HDL血症
- ・炭水化物をひかえる
- ・トランス脂肪酸を控える
- ・n-6系多価不飽和脂肪酸の過剰を避ける(植物油の過剰をさける)
運動療法
1)効果
- ・身体活動量が多いほど、心疾患/がんを含め全ての死因を含めた死亡率が低くなります。
- ・身体活動の不足は、体脂肪の増加/脂質異常症/メタボリックシンドローム/高血圧/糖尿病/耐糖能異常/血管内皮機能障害/体力の低下 などと関連します。
- ・座りっぱなしの生活は、動脈硬化性疾患のリスクです。
- ・身体活動は、動脈硬化性疾患の予防/治療のための基本となります。
- ・運動は、精神的なストレスや認知機能の低下などに対しても有益です。
2)禁忌
重篤な心疾患/糖尿病/高血圧の場合は、運動療法は禁忌です。また、整形外科的疾患でも制限される場合があります。具体的な内容に関しては、主治医にご相談ください。
3)運動療法の導入
- ・まずは、今の生活+10分の運動時間から始める。
- ・座りがちな生活の人や高齢者は、徐々に運動のレベルを上げるようにする。
- ・体調不良/平常時よりも心拍数が20/分以上高い場合などはその日の運動を避ける。
- ・食前または食後2時間以降に行う。
- ・早朝の運動は避ける。
- ・事前のメディカルチェックを推奨。
- ・有酸素運動(ウォーキング/速歩/水泳/エアロビクスダンス/スロージョギング/サイクリング/ベンチステップ運動など)を取り入れる。
- ・体重過多の場合は、水泳やサイクリングなど体重による負荷が直接に関節にかかりにくい運動も考える。
脂質異常症のまとめ
脂質異常症に関して、現代医学的な知見と漢方薬の使用目標をまとめました。脂質異常症は、特定の自覚症状などはない場合が多いのですが、放置すれば動脈硬化などに関連した様々な疾患の危険因子となり、生命や生活の質に多大な影響が生じる場合があります。
脂質異常症の治療に関しては、日常生活の改善など服薬以外の要素も大きく関わるため、様々な手段をうまく組み合わせて自分にとって有効で長く続けられる治療を考えることが重要です。
漢方では、脂質異常症の患者さんの様々な症状や身体所見を目標にして治療を行い、数値の改善だけではない選択肢を持っています。
当院では現代医学的な治療と漢方による治療を組み合わせることで、患者さんお一人おひとりにとって、その方に合ったより良い治療ができるよう取り組んでいます。今、症状がないからと放置せず、脂質異常を指摘されたらお早目にご相談ください。
- 【参考文献】
-
- ・一般社団法人日本動脈硬化学会編集.動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2018年版.一般社団法人日本動脈硬化学会発行.2018年
- ・福井次矢総編集.今日の治療指針2019.医学書院.2019年.745-757
- ・入江祥史.生活習慣病の漢方内科クリニック.創元社.2017年第1版.97-146
- ・矢數道明.臨床応用漢方處方解説.2001年第十一刷