高血圧症
高血圧とは
現在、日本において高血圧の方は約4300万人と推測されますが、適切に治療が行われて血圧がコントロールされているのは約1200万人とされます。
高血圧の基準値は状況によって異なり、医療機関を受診した際に診察室で測定した場合には140/90㎜Hg以上、家庭での血圧値は135/85㎜Hg以上、24時間自由行動では130/80㎜Hg以上とされています。特に重要なのは家庭での血圧で、診察室と家庭での数字が大きく異なる場合には家庭での血圧を優先します。
血圧が高い状態が長く続くと、血管にはいつも圧力による負担がかかった状態となり、次第に壁が厚く固い状態となります。この状態が動脈硬化で、全身の大きな血管にも小さな血管にも起こり、脳出血/脳梗塞/心筋梗塞/動脈瘤/腎硬化症/眼底出血など様々な臓器の疾患が起きやすくなります。高血圧は、はっきりとした自覚症状が無い場合が多く、放置するとある日突然に生命を脅かす場合があり、「サイレント・キラー」と呼ばれることもあります。
世界では、死亡者の約7割が感染症以外の疾患と事故で亡くなっていますが、高血圧は喫煙と並び最も重大な危険因子です。わが国では、日本高血圧学会が“良い血圧で健やか100年人生”をスローガンに掲げ、高血圧治療ガイドラインが2019年に改訂されました。このガイドラインを中心に、高血圧についてまとめます。
高血圧の原因
高血圧は、約90%がはっきりした原因が特定できない本態性高血圧とされます。複数の遺伝子や生活習慣などの様々な要素が関与して発症することが考えられています。
ある特定の原因による高血圧は、二次性高血圧と呼ばれ、本態性高血圧とは病態も治療方針も大きく異なります。通常の治療では目標血圧を達成することが難しい場合が多く、治療中に病態が変化して二次性高血圧となることもあり、注意が必要です。二次性高血圧は全高血圧の10%以上にのぼるとされ、腎実質性高血圧/原発性アルドステロン症/腎血管性高血圧/睡眠時無呼吸症候群などは頻度が高いとされます。特に、原発性アルドステロン症は高血圧患者の5〜10%程度を占めると言われています。これらの疾患の診断には、血液検査などが必要です。
薬剤として、肝庇護剤や漢方薬に含まれるグリチルリチン酸、非ステロイド性抗炎症薬にも血圧を高くする効果があります。
具体的な診察や検査に関しては、受診の際に医師にご相談ください。
血圧の測り方
家庭での血圧測定が、高血圧の診断と治療の評価において非常に重要です。
まずは、家庭での血圧測定の方法と条件を説明します。
①カフ・オシロメトリック法を用いた装置
上腕で、カフ・オシロメトリック法(血管の脈波をもとに血圧を測定する方法)を用いた装置を用いる。
②測定の環境
- 静かで適切な室温
- 原則として背もたれ付きの椅子に足を組まずに座り、1〜2分安静にする
- 会話をしない
- 測定前に喫煙/飲酒/カフェインをとらない
- 腕に巻くカフの位置は心臓の高さにする
③測定の条件
- 必須の条件
朝の測定条件:床後1時間以内、排尿後/朝の服薬はすませる/朝食前/1〜2分座って安静
夜の測定条件:1〜2分座って安静 - 追加の条件
夕食前/夜の内服前/入浴前/飲酒前
④測定回数
一度に原則2回測定、平均をとる。
⑤測定期間
できる限り長期間。
⑥記録
測定値はすべて記録する。
⑦評価の対象
朝/夕ともに7日間(少なくとも5日間)の平均値。
⑧評価
朝/夕いずれかで、平均値≧135/85㎜Hgなら高血圧とする。
高血圧症を放置すると?
血圧に関して、120/80㎜Hgを超えて血圧が高くなるほど、心筋梗塞や脳卒中などの脳心血管病/慢性腎臓病などにかかるリスクと死亡のリスクが高くなります。また、高血圧に加えて、喫煙/糖尿病/脂質異常症/慢性腎不全などを合併すると、脳心血管系リスクが上昇することが知られています。高血圧の中では、収縮期血圧が脳心血管病のリスクとして最も重要です。
脳心血管病のリスク
高血圧は、血圧の数値と様々な条件によって、危険性を低リスク/中等リスク/高リスクに分けることができます。以下に表をまとめます。
高値血圧130-139/ 80-89 |
Ⅰ度高血圧140-159/ 90-99 |
Ⅱ度高血圧160-179/ 100-109 |
Ⅲ度高血圧≧180/ ≧110 |
|
---|---|---|---|---|
リスク第1層他の予後因子なし | 低リスク | 低リスク | 中等リスク | 高リスク |
リスク第2層年齢≧65/男性 喫煙、脂質異常症のどれかあり |
中等リスク | 中等リスク | 高リスク | 高リスク |
リスク第3層脳心血管病の既往/糖尿病/非弁膜症性心房細動/腎障害(タンパク尿あり)のいずれか、または第2層が3つ以上 | 高リスク | 高リスク | 高リスク | 高リスク |
高血圧の治療
高血圧治療の目的
高血圧に対する治療の目的は、高血圧が続くことによって生じる脳心血管病の発症/進展/再発を予防し死亡を減少させること、また高血圧の患者さんがより健康で高い生命の質を保った日常生活ができるようにすることです。降圧治療により血圧をコントロールすることで、心筋梗塞や心不全などの心臓の病気/脳卒中などが減少し、全体の死亡者が減少するなどの有効性が明らかになっています。
降圧の目標値
診察室血圧 | 家庭血圧 | |
---|---|---|
75歳未満の成人 脳血管障害患者 慢性腎不全(蛋白尿+) 糖尿病患者 抗血栓薬内服中 | <130/80 | <125/75 |
75歳≦
脳血管障害患者
(両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞あり、または未評価) 慢性腎不全(蛋白尿-) |
<140/90 | <135/85 |
血圧の下げ過ぎに関して
・収縮期血圧≦120/
・高齢者で収縮期血圧≦130/
これらの場合には、有害事象に注意しながら治療を調整します。
主要な治療薬の選択
高血圧の治療薬として、カルシウム拮抗薬(Ca拮抗薬)/アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)/アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)/サイアザイド系利尿薬/β-1アドレナリン受容体阻害薬(β阻害薬)等があります。
以下の場合には、積極的に使用が勧められます。
◎主要な降圧薬の積極的適応となる疾患
Ca拮抗薬 | ARB/ ACE阻害薬 |
サイアザイド系 利尿薬 |
β遮断薬 | |
---|---|---|---|---|
左室肥大 | ● | ● | ||
心不全(左室駆出率の低下あり) | ● | ● | ● | |
頻脈 | ● | ● | ||
狭心症 | ● | ● | ||
心筋梗塞後 | ● | ● | ||
蛋白尿・慢性腎不全(微量アルブミン尿あり) | ● |
これらの積極的な適応となる病態でない場合には、ARBまたはACE阻害薬/Ca拮抗薬/サイアザイド系利尿薬のなかから1種類を選んで治療を始める場合が多いです。その後、治療の効果を見ながら増量または併用などを考えます。
最近ではこれらの薬を組み合わせて作られた合剤などもあり、多彩な選択肢があります。実際の処方に関しては、医師にご相談ください。
漢方を用いた高血圧の治療
保険に収載されている漢方薬の中で、高血圧に適応を持っているものをまとめました。漢方薬は高血圧の概念がない時代に成立したものがほとんどであり、血圧以外にも様々な症状や身体所見を目標として治療を行います。
- 黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
- 赤ら顔/不安焦燥感/動悸/炎症や充血を伴い体力のある場合など
- 九味檳榔湯(くみびんろうとう)
- 浮腫/手足の冷え/神経症/水毒(体液の代謝障害) 等の場合
- 柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
- 動悸/精神症状/不眠/神経過敏 等の場合
- 三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)
- のぼせ/顔面紅潮/不安や興奮 等の場合
- 七物降下湯(しちもつこうかとう)
- 体力が弱く柴胡剤や大黄剤を使えない場合
- 真武湯(しんぶとう)
- 新陳代謝の低下/冷え症/腹痛や下痢/めまい 等の場合
- 大柴胡湯(だいさいことう)
- 易怒/便秘/比較的体力がある 等の場合
- 大柴胡湯去大黄(だいさいことうきょだいおう)
- 大柴胡湯で便秘のない場合
- 大承気湯(だいじょうきとう)
- 腹部の膨満/便秘/精神症状 等の場合
- 釣藤散(ちょうとうさん)
- 頭痛/眩暈/肩こり/神経質 等の場合
- 通導散(つうどうさん)
- お血(漢方的に「血」のめぐりが悪い) 等の場合
- 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
- 産科婦人科の諸症状/精神症状/便秘 等の場合
- 八味地黄丸(はちみじおうがん)
- 加齢の諸症状/腰痛/頻尿/冷え症 等の場合
- 防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
- 肥満/便秘/体力がある 等の場合
生活習慣の改善について
高血圧の管理において、日常生活の改善は非常に重要です。
以下に、日常生活で気を付けることをまとめました。
食塩の制限
高血圧治療ガイドラインでは、食塩の摂取を6g/日未満とすることが目標とされています。
また、目標を達成できなくても1日のナトリウム摂取を食塩で2.5g減らすことにより血圧を低下させることができるとされます。2016年の国民健康・栄養調査結果では、国民一人一日当たりの食塩摂取量は平均9.9g(男性10.8g/女性9.2g)であり、2012年の世界保健機構(WHO)のガイドラインでは成人の食塩摂取量を5g/日未満にすべきとされています。
日本高血圧学会などでは、減塩に関する様々な活動を行っています。
減塩食に関しては、味を心配される方もあるでしょう。この問題に対し、イギリスで食パンの塩を段階的に減らす大規模な実証試験がおこなわれており、10年で食パンの食塩を20%減らし国民一日当たりの塩分摂取量を約15%減らすことに成功しています。「少しずつゆっくりと全体で」食塩を下げることの有効性が示されています。
カリウムの摂取
カリウムは、ナトリウムの血圧上昇作用に対して拮抗的に働きます。野菜や果物を食べてカリウムを多く摂ることで、血圧を下げる効果が期待されています。糖尿病や腎臓病がある場合には、主治医にご相談ください。
DASH-sodium食
野菜/果物/低脂肪乳製品が多く、飽和脂肪酸やコレステロールが少ないDASH食(Dietary Approach to Stop Hypertention)と減塩を組み合わせた食事(DASH-sodium食)は、血圧のコントローにおいて十分な科学的根拠(エビデンス)を持っています。
体重管理
Body Mass Index(BMI)は、体重(㎏)を身長(m)の二乗で割った数字で、日本では25㎏/㎡以上が肥満とされています。減量の効果として、体重1.0㎏減少につき血圧は拡張期/収縮期ともに1㎜Hg程度の低下があると言われています。体重管理に関して、BMIに加えて体組成計などで脂肪や筋肉の分量を量っておくことも有効です。
運動
有酸素運動は、様々な研究で血圧を下げる効果が確認されています。運動は血圧を低下させるだけでなく、体重/体脂肪/ウエスト周囲長の低下/インスリン感受性の改善/2型糖尿病の発症予防/血中の脂質の改善/骨量の維持や改善/メンタルヘルス不調の一次予防/認知症予防などに有効であるというデータがあります。 運動療法は、Ⅱ度高血圧以下の高血圧で、脳心血管病のない場合が対象で、高リスクの方は事前にメディカルチェックを受けておくことをお勧めします。
具体的な運動として、速歩/ステップ運動/スロージョギング/ランニングなどが推奨されています。運動の際には、運動負荷の自覚的な強さを表すボルグ指数で12〜13程度、「ややきつい」と自覚する運動量が良いとされます。これは、最大酸素摂取量の40〜60%程度にあたります。時間としては、毎日30分程度を続けることがおすすめです。運動をする際には、レジスタンス運動やストレッチ運動などを組み合わせると骨格筋の維持に有効で、骨粗しょう症/腰痛/膝痛の防止や関節の機能の向上が期待できます。日本で開発された、インターバル速歩(ややきつい程度の速歩3分と普通の歩行3分を組み合わる)で、一日の速歩時間が15分以上を目安にされると良いかもしれません。
節酒
習慣的な飲酒は、血圧上昇の原因となります。単回のアルコール摂取は数時間の間は血圧を下げる効果がありますが、長期に続けると血圧が上昇する原因になります。
高血圧の管理に関して、男性は1日にエタノール20〜30㎖(日本酒1合/ビール中瓶1本/焼酎半合/ウイスキーダブル1杯/ワイン2杯程度)以下、女性ではその半分程度とすることが推奨されています。
禁煙
タバコを吸うことで、15分以上続く血圧上昇が引き起こされます。タバコの急性の反応として、交感神経活動の亢進/酸化ストレス増大/血管収縮が起こり、慢性的な効果として動脈硬化が報告されています。米国の大規模な研究で、喫煙と高血圧発症との関連が認められています。また、受動喫煙と高血圧の関連に関する報告もあります。現在、電子タバコの血圧上昇に関する科学的なデータは蓄積されていないので、はっきりとしたことは分かっていません。
その他の生活習慣
寒暖差
血圧は寒冷によって高くなり、特に冬季に血圧が高くなります。暖房や防寒が不十分な場合に、冬季の脳心血管疾患による死亡率は高くなります。日本の生活では、トイレや浴室/脱衣所などの暖房が見落とされやすく、注意が必要です。
ストレス
ストレスと血圧の関係では、心理的/社会的なストレスによって高血圧の発症が2倍以上になることが報告されています。ストレスの管理として、ヨガ/瞑想/バイオフィードバックの有効性が示唆されていますが、科学的な証拠(エビデンス)としては高い評価を与えられていません。
睡眠
睡眠障害は、長期的な影響として高血圧/脂質異常症/心血管疾患/糖尿病などの発症を増加させます。また、男性では睡眠時無呼吸症候群の血圧上昇への関与が明らかになっています。
入浴
入浴の習慣は国によって異なります。日本では入浴によって中心血圧が低下することが報告されています。
便秘
便秘によって、排便時にいきむことで血圧が上昇することが知られており、緩下剤などが必要な場合があります。
高血圧症のまとめ
高血圧に関して、現代医学的な知見と漢方薬の使用目標をまとめました。
漢方では、高血圧に伴う症状や身体所見を目標にして治療を行い、血圧の数値の改善だけではない様々な選択肢を持っています。
血圧の治療に対しては日常生活の改善など服薬以外の要素も大きく、様々な選択肢をうまく組み合わせて自分にとって有効で長く続けられる治療を考えることが重要です。
当院では現代医学的な治療と漢方による治療を組み合わせることで、患者さんお一人おひとりにとって、その方に合ったより良い治療ができるよう取り組んでいます。今、症状がないからと放置せず、血圧が高いと指摘されたらお早目にご相談ください。
- 【参考文献】
-
- ・日本高血圧学会編集.高血圧治療ガイドライン2019
- ・国立循環器病研究センター病院 高血圧
- ・矢數道明.臨床応用漢方處方解説.2001年増補改訂版第十一刷
- ・佐々木敏.佐々木敏のデータ栄養学のすすめ.女子栄養大学出版部.2018年初版第3刷