夏の養生法
夏の特徴 ~暑と湿~
700年ほど前に吉田兼好が著した『徒然草』の中に、『家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなるところにも住まる暑き頃わろき住居は堪へがたき事なり』という記述があります。
昔も今も、日本の夏は暑い!蒸し暑い!
東洋医学の考え方では、気候と人体の間には密接な関係があり、気候の変化に応じた対応をしていかないと体調を崩しやすくなるとされます。
夏の養生法をまとめてみました。
特に小児のいるご家庭にお役に立てる内容も、多く含まれます。夏休みが楽しみ!という方も、夏休みは勉強だ!という方も、夏の季節に合わせた健康法で、楽しく元気に夏を乗り切りましょう!
◎漢方的に、日本の夏の特徴は『暑』と『湿』
要するに、蒸し暑いことです。
これは、人体の働きにも大きく影響します。特に、小児に対する影響は大人よりずっと大きくなります。
- 『暑』は、体の水分を失わせます
- 水分が多く失われると、体の『気(エネルギー)』も傷ついてしまいます。 こうなってしまうと、体のだるさ等の症状が出やすくなります。
- 『湿』が重度になると、体の正常な機能を滞らせます
-
『湿』の重度化は胸苦しさや手足や体のだるさ等が生じます。
また、『湿』は胃腸に影響しやすいという特徴があり、食欲不振やお腹のはり、悪心嘔吐や下痢などが生じます。特に、胃腸がまだ整っていない小児には、『湿』の影響が出やすいので、注意が必要です。
このような夏の特徴を踏まえて、夏におススメの養生法をまとめます。
夏の食養生
①酸味のある食べ物
夏は暑い!また、外で活動することも多いシーズンです。特に小児は、ジッとしていません。汗をたくさんかけば、体の水分が失われます。
そんな時には、すっぱい食べ物!
漢方では、酸味のある食材で体内の水分などを補充し、口の渇きや汗を止めると考えます。
三国志の曹操に、『望梅止渇』のエピソードがあります。行軍中にのどの渇きを訴える兵士に、『近くに梅の林があるぞ!』と言って梅の酸っぱさを想像させ、口の渇きをいやしたというお話です。そんなイメージで、お考えいただければと思います。
おススメは、山査子や酸梅湯などです。
②苦味のある食べ物
夏は陰陽五行説では火に属し、湿気も多い季節です。漢方では、苦い食材は火や湿気に効くと考えます。
現代医学的には、苦みのある食材に含まれる物質の中に、炎症を抑える成分が確認されているものがあるそうです。
おススメは、苦瓜/苦菜/緑茶などです。
③夏に気を付けるべき食べ物
夏には、甘い食物の食べ過ぎには、気をつけなければなりません。甘い食材の取りすぎは、消化吸収の機能に影響を与え、食欲が落ちやすくなったりもします。
もちろん、食べ物が傷みやすいので、そちらにも注意が必要です。
また、冷たい食物の食べ過ぎも要注意です。
漢方では、これらの食べ物は、消化吸収の機能である『脾胃』を傷つけ、食欲不振や腹痛/下痢などが生じると考えます。
次は、おススメの食材などをお届けします。
夏の食養生 ~スイカ~
夏と言ったら、やはりコレ!スイカ
中医学では、スイカは、味が甘く、体を冷やす性質があると考えます。
効能は、下記などの作用があります。
- ・解暑清熱:体の熱を取る
- ・生津止渇:体液を増やして渇きをいやす
- ・利尿
スイカは熱を取る食べ物の代表格で、『天然の白虎湯』という別名があります。白虎湯は、熱の症状に効く代表的な漢方薬です。
口の渇き、尿が濃い、のどが痛い、口内炎、いろいろな症状に効きます。 ただ、体を冷やす作用が強いだけに、特に小児では注意が必要です。
小児は胃腸の機能がまだシッカリしていない場合があり、スイカを食べすぎると胃腸の調子が悪くなる等が起きやすいのです。
何事も、ほどほどが大切ですね。
中国では『豚は、鳴き声以外は全部食べられる!』なんて言われますが、スイカは、果肉も果汁も種も、薬として用いることができます。
では、スイカを食べると残ってしまう“アレ”はどうなのでしょうか? “アレ”とは、そう、スイカの皮!
使い道に困って結局はごみ箱行きになってしまう、スイカの皮。漬物にしたりすることもありますが、中医学的に何とか役に立つ方法はないのでしょうか?
中医の食養生では、コレにも出番があるのです!スイカの皮を用いた飲料のレシピを紹介します。
用意するのは
- ・スイカの皮の白い部分(緑の皮はむく):100g
- ・緑豆:100g
- ・白キクラゲ:5g
- ・氷砂糖少々
緑豆と白キクラゲを水に浸し、先に水に入れて煮立たせ、弱火で火を通します。その後、スイカの皮と氷砂糖を入れ、一分煮て、出来上がりです。
甘さをお好みに調整して、飲み物として、どうぞ!
特に小児の飲み物としておススメですが、下痢をしやすい人は飲みすぎに注意です。
夏風邪の予防
待ちに待った、夏休み!
でも、塾など学業で忙しい学童・学生も多いのでは?
せっかくの夏ですから、何をするにも、風邪をひいて体調を崩すのは避けたいところです。
夏風邪の予防についてまとめてみました。
- ①睡眠時間をしっかりとる。
いろいろな研究で、睡眠と免疫や内分泌との関連が指摘されています。 - ②冷たいものを食べすぎない。クーラーを使いすぎない。
・外気温と室内温度の差は、7度を超えないように調整する
・入浴やプールの後は、体をしっかり拭いておく - ③感染が流行している時には、人込みを避ける。
- ④風邪気味の時には、温かいお湯を飲み、しっかり休息する。
- ⑤風邪をひきやすい学童は、生薬・黄耆を含む漢方薬を飲むのがおススメ。
体を鍛えるのも、忘れずに。 - ⑥夏におススメのツボを押す。
次のコーナーをご覧ください。
夏を健康に乗り切り、実り多い季節としましょう!
◎夏におすすめのツボ
夏の風邪は、中医学では『熱傷風』と呼ばれます。
原因として、夏の暑さで汗をたくさんかき、また睡眠不足なども起こりやすく、体の抵抗力が下がってしまうことが挙げられます。また、睡眠中に風にあたり続けたり、生ものや冷たいものを食べすぎたり、空調が強すぎたりといった要因でも、風邪をひきやすくなります。
発熱・鼻水、頭痛や体の痛みのほかに、悪心嘔吐や腹痛/下痢なども起こりやすいです。
夏に体を整えるのにおススメのツボを説明します。
①足三里、②迎香、③風池 です。場所は、イラストをご覧ください。
- ・ツボの刺激は、3~5分、1分に15~20回程度の刺激です。
- ・ツボの位置は、大まかな目安です。お子さん等の場合は、お子さん自身の指の大きさが目安です。
実際は図の辺りで、押して『痛きもちいい』ところを探しましょう。
- ①足三里
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膝の皿(膝蓋骨)の外側下のくぼみから、指4本分ぐらい下のツボです。 絵の左側は、上が体です。
現代医学的研究でも、効果が確認されているそうです。下の絵は、上から自分の足を見た際の、別バージョンのツボの位置確認です。
- ②迎香
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鼻の縁(鼻翼外縁)の一番下から5mmほど外側にあります。
このツボを按摩すれば、鼻の血流が改善され、鼻の症状の予防になるそうです。
- ③風池
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首の胸鎖乳突筋の後ろ側ですが、言葉にすると説明しにくいので、図を見てください。
著作権などいろいろ問題があるので、自分で絵をかいてみましたが、なかなか難しいですね…
夏の冷え症
中国語には“悶熱(蒸し暑い)”という言葉がありますが、日本の夏はモロにこんな感じです。
でも、この時期、冷えで悩んでいる方もケッコウいらっしゃいます。
夏は暑いですが、クーラーがガンガンにかかっていたり、冷たいものを飲み食いしたり、意外と冷える要素があります。
今回は、夏の冷えについてまとめてみます。
『冷え症』の問診で、昭和漢方の大家である大塚敬節先生は、『むかし、しもやけをしたことがあるか?』と質問していたそうです。
大塚先生の最後の弟子として有名な松田邦夫先生(私の漢方の最初の師匠の一人でもあります)は、『クーラーが苦手ですか?』と質問すればよいと教えてくださいました。
生活環境が変わってきて、しもやけなどは少なくなっているからだそうです。
夏の冷え症に使う主な処方と、その特徴をまとめます。
◎クーラー病
五積散 | 当帰芍薬散 | ||
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五積散 |
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当帰芍薬散 |
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◎冷たい飲食の胃腸障害
人参湯 | 六君子湯 | ||
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人参湯 |
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六君子湯 |
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◎夏バテ
補中益気湯 | 清暑益気湯 | ||
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補中益気湯 |
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清暑益気湯 |
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クーラー病としての冷え
クーラー病としての冷えには、五積散や当帰芍薬散をよく使います。
五積散を用いる際の目標は、
- ①上半身に熱感、下半身に冷え
- ②腰が冷えて痛む
- ③腰や股の痛み
- ④下腹の痛み
などです。
当帰芍薬散を使う際の目標は
- ①冷え症
- ②むくみ
- ③女性に多い
- ④月経のトラブル
などです。
冷たい食べ物などで冷える
冷たい食べ物などで冷える場合には、人参湯や六君子湯を使います。
人参湯を用いる際には、
- ①虚弱体質、疲れやすい
- ②胃腸の調子が悪い
- ③胃腸が悪く、下痢や胃の痛みなどがある。
六君子湯を用いる際の目標は、
- ①舌に歯形が残る
- ②舌の苔が白くて厚い
- ③食後のお腹のチャポチャポした感じが長く続く
- ④疲れやすい
など。
夏バテ+冷え
夏バテ+冷えの時には、補中益気湯や清暑益気湯を使います。
補中益気湯を用いる際には、
- ①手足の主だるさ
- ②声に力がない
- ③目に勢いがない
- ④口の中に泡ができやすい
- ⑤食べ物の味を感じない
- ⑥温かいものを好む
- ⑦腹部診察で臍周囲の動悸あり
- ⑧脈診で脈に力がない
清暑益気湯を用いる際には、
- ①夏痩せ
- ②夏バテ
以上は、各科領域から見た「冷え」と漢方治療に記載された漢方薬について、各々の薬の特徴を追加する形でまとめました。
これら以外にも多くの漢方薬が候補となります。
詳しくは、漢方に詳しい医師にご質問ください。
◎夏の冷え症 ~クーラー病~
クーラー病は、空調という人工的な環境変化によって引き起こされる症状のことです。密閉された空間、クーラーによる空気の流れの変化、風量の強弱、日光不足、湿度や温度の変化、様々な変化によって症状が引き起こされます。
寒がり、疲れ、手足の関節や筋肉が痛む、頭痛、腰痛……、様々な症状が含まれます。
漢方では、環境への適応能力は人によって違うと考えます。また、漢方的な寒熱の程度は、個人によって大きく異なります。
特に女性では、冷えに悩んでいる方が多くみられます。
先輩の漢方医がよく話をしていましたが、会社などでは、ガッチリした体格でバリバリ仕事をするモーレツ系の社員は、『気』が充実した『熱』のあるタイプで、暑がりで性格的に押しも強い傾向があります。
このタイプの方は、クーラーをガンガンにきかせたがります。『暑い暑い』とクーラーの設定温度を下げて、風力も強くしがちです。
逆に、普段から冷え症な人などは、エネルギーの源である『気』が不足していることが多く、疲れやすい傾向の方がいます。
結局、暑がりの人がクーラーの温度をどんどん下げ、冷え症の人が困ってしまうなんて事になってしまいます。
先輩の漢方医が、「これが、職場における体質の虚/実だよ」とよく話をしていました。
クーラーの冷えで困っている場合には、漢方的には、温めるタイプの治療をする場合が多いです。
桂枝(シナモン)や附子が入った薬を使ったり、お灸や針で治療したりします。冷えが強い場合には、貼るカイロをツボのところに貼ったりします。
でも、やっぱり予防が第一です。対策として、
- ①クーラーの設定温度を下げすぎない。
- ②風に直接当たらないようにする。
- ③冷気が下にたまりやすいので、子供や赤ちゃんは高めの場所に寝かせる。
クーラーの効いた部屋にずっといないようにする。 - ⑤運動やストレッチ。
- ⑥お風呂にゆっくり入る。
等が挙げられます。
- 【参考文献】
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- ・矢數道明 臨床応用漢方薬處方解説 創元社 2001年
- ・織部和宏監修 各科領域から見た「冷え」と漢方治療 たにぐち書店 2014年
- ・李其忠 人分九种吃不同 中国轻工业出版社 2012年
- ・李其忠主编 中小生四期保健 复旦大学出版社 2014年
- ・李其忠编著 中医基础理论纵横解析 人民卫生出版社 2006年